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2005'01.31 (Mon)

最近よく「検問」に遭遇します

寒いですね!!数日前から、この冬一番の寒波が来るとは聞いていましたが・・・。部屋にいても、底冷えというのでしょうか、冷気が迫ってくる感じです。この寒さ、数日続くようで、ちょっと気が重いです。寒いのは苦手。お布団から出たくない・・・。

さて、最近車で出かけると、ほぼ毎回検問に遭遇します。昨日もそうでした。
先日は、こんなところ、普段でも車のとおりが少ないのに、夜なんて検問してても車が来るの?という場所でやってました。(私が通ってますが・・・)私は昔は車に免許証を積みっぱなしにしていたので、不携帯ということはなかったのですが、バイクに乗り出してから、車からおろして持ち歩くようになりました。(バイクに乗り始めた時、車に積みっぱなしの時に一発免停になり、そのとき「不携帯」でちょっと損をしたので・・・)でも、財布に入れているわけではなくて、免許証だけ単独でケースにいれているので、忘れてしまうこともあるんです。今回は、幸い持っていたのですが、めったに登場することのない免許証。かばんの奥深くに沈んでしまって、すぐに出てこない!!ごそごそ手で探るんですが、ぜんぜんそれらしき手ごたえがないんです。仕方ないので
「すいません、かばんのなかのどこかには入ってるんで、探します」
と車をおりてゴソゴソ。やっと見つけてほっとして警官に見せました。じろじろとじっくり見られて無事通過。あまりに免許登場まで時間がかかったので「もしや何か疑われてる?」とありもしないことが考えを少しだけよぎりました。(気が小さいので)

昨日は、飲酒検問でした。この間の時は「免許証みせてね」と言ったきり、相手は何も話さなかったんですが、今回は飲酒ということもあって、とても言葉が柔らかというか、会話がやわらかかったです。「はい、ご苦労さんです。お気をつけて」とあとで言われただけなんですが、たったこれだけで、まぁ、仕方ないかと思えてしまうんですよね。
私は、お酒を飲んで運転することは絶対ないので、検問自体が怖いことはないのですが(笑)ただ、やっぱり飲酒検問はいやです。というのは「息を吹きかける」ということがどうにも抵抗が・・・。見ず知らずの人に、たとえ相手の指示だとはいっても息をかけるなんて・・・とすごくいやなんですよ。こう思っている人は、意外と多いはずだとも思います。仕方ないこととはわかっていながら・・・。私の下戸の知人は、このことで警官ともめました(苦笑)

たまたま私の走るルートに検問が多いだけなのかもしれませんが、今までそんなに検問にあたることがなかったのでちょっとびっくりしています。「え?また?」という感じです。よく地元であたるのですが、最近は今までやっていることを見たことがない場所でやっていますから。どちらかというとここでやるよりもっと別の場所でやったほうが・・・と思うようなところでやってるんですよ。余計なお世話かもしれませんが。

私の住んでいる家の近くに以前、夜中まで空いているバーがありました。私の家は住宅街のど真ん中で、そのバーのならびにも、普通の家があるというような立地でした。私の地元は深夜まで開いているお店はなく、1件1時半ごろまであいているお店があるくらいで、そこしかないという感じでした。ところがそのバーは3時か4時くらいまであいているんです。店内で楽しくしてくれるならそれはそれでいいのですが、夏場は特に、オープンスペースで騒いだり、窓を全開で音楽をかけて騒ぎ、とても迷惑でした。また、携帯電話の声や、帰りに店先ではしゃぐ声、時にはけんかの声などが響き渡っていました。そして、間違いなく「飲酒運転」で帰ります。当然です。3時や4時に電車ありませんし、駅から10分以上離れ、ほかになにもない住宅街に歩いてくる人はいません。

以前、仕事の帰りに前を通ると、酔った客が、店の隣の家の車に座ったり道路で踊ったりしていてすごく驚きました。その道路は、意外と車がスピードを出して入ってくるところなので、危ないとも思いました。前に書いた1時半ころまであいている喫茶を含めて、深夜あいているお店はこの2軒でしたから。こういうことを言うと反感を買うかもしれませんが、その通りで張っていれば、飲酒運転をかなり検挙できるはずなのに・・・というかすべきだと思ったものです。明らかに、酔っ払った客がふらふらと運転していく様子は恐ろしかったです。

スピード違反などは、正直「運が悪かった」と思ってしまうことがほとんどなんですが、この飲酒に関してだけは思いません。やっぱり飲酒運転は危ないですし、それで事故を起こした時に相手があった場合、相手はやりきれません。もちろんしらふで事故をしたから納得するわけではありませんが、飲酒していたと聞けば、憤りが倍増すると思うからです。

スピード違反といえば、私は結構マークされます。私の車が赤で目立つことと、スポーツだからでしょう。「こいつは出すやろう」という感じで、後ろについてこられます。
違反って、一度やりだすと結構連鎖的になってしまう気がするんです。点のない人ほど違反したりしませんか?私はあの免停の後からは違反をしていませんので、今は満点もってるんですが、でも違反し出したらあっという間ですから恐ろしい・・・。走っているときは、いつもバックミラーを気にしています。ある意味前より気にしているかもしれません。スピードを出すこと自体は怖くなくても、違反が怖いですね。よく、国道を一台で80k、90kなど出す人がいますが、すごいなぁと思います。それで流れていれば私もついていきますが(!)一台で走る勇気はありません。だって、もし43号線で捕まれば、40kオーバーですよ!!

私は本当に気が小さいので、こういうことにびくびくしながらハンドルを握っております(笑)過去、一度だけオービスが光ったことがありまして、あの赤い光もいやですね~・・・。あれは阪神高速・・・免停明けで、そのとき多分120kくらい出していたので「おわった~・・・・・・」と思ったことをよく覚えています。幸いそれは空オービスで、呼び出しは来ませんでしたが、神の救いだ!!と思いましたよ(ハハハ・・・)

しかし、考えようによっては、車のほうが後ろに対する死角が少ないので、そういう意味では捕まりにくいかもしれません。それに比べるとバイクのほうが危ないと思いませんか?ミラーも小さいですし。そんな頻繁に後ろを振り返るわけにもいきませんし(笑)上で書いた一発免停もバイクでした。

違反は、お金も痛いですが、点数がつらい!!連鎖的に違反をやると、免停までの点数がどんどん減っていくし・・・。
でも、国も阿漕ですよね。この違反切符の罰金などは、国庫の雑費になるんですよね。もし、日本人のだれもが車の違反をしなくなったら、国の予算は足りないというんですから。まぁそれだからこそ「切符のノルマ」があるんでしょうけど。(そういう意味ではたばこやお酒もそうですよね)
みなさん、無駄な国庫を払わないよう、それから、大好きな車やバイクにいつまでも乗れるように違反(もちろん事故)には気をつけましょうね!!
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20:44  |  車・バイク  |  EDIT  |  ↑Top

2005'01.30 (Sun)

DVDドライブを買いました♪

本当はそういうつもりで店に行ったのではなくて、電気敷き毛布を買おうと思ったんです。この電気敷き毛布、ある日温かくならなくて、いろいろ試したのですがだめだったので「とうとう壊れたか」と買おうと思ったんです。

せっかく電気店に来たし、パソコンのフロアも見てみようと思い、行ってみました。(いつも電気店に行くときは必ず立ち寄るんです)サプライなどを見たあと、ふとドライブの売り場をみると、価格が安い!!
「え?ドライブってこんなに安かったの?!」
私のパソコンはそれほど古くもなく、操作やビジュアルに関しては不満はないのですが(あとで後悔しないようにとDVD-R、RWドライブ搭載機種を買いましたし)当時は最新だったパソコンも、処理速度ではもう遅れているんです。CD-RはいいとしてもDVDの処理速度が遅いんです。世の中のパソコンはかなり早くなっていて、家庭用DVDプレイヤーもすごく早いんですよね。お店においてあるDVD-RやRWも、高速対応のドライブでしか書き込みできないものがほとんどで、私のパソコンで使えるものはほとんどなくなっていて、買うときに困るほど。

私はパソコンに録画したものをよくDVDに移すのですが、ものすごい遅い上に、何よりも対応のDVD-Rを探すのに苦労するんです。ハイスピード対応のものでは録画できませんから・・・。
これで、当時間違って買ってしまったDVD-Rを使うこともできますし、商品を探すのも楽になります(笑)

パソコンはUSB1.1なので、せっかくのパフォーマンスが遅くなってしまっていました。ちょっと格好は悪くなるんですが、前面のカードスロットにカードを挿してUSB2.0にしてつないでいます。本当はターミナルに増設して、背面から接続してすっきりさせたいのですが、調べたら、私のPCは増設するための空きスロットがないようなので無理みたいです・・・。ざんねん。。。
メモリーは、買った時に一緒に増設してもらったので、問題なしなんですが。

もう一つの問題(?)は、PCカードのスロットに、このUSBのカードをさしてしまったので、メモリーカードの読み込みが出来なくなってしまったことです。今までは一回一回USBでつなぐのも面倒だったので、PCカードでデジカメのスマートメディアや携帯のminiSDカードの読み込みをしていたんです。しかし、今度はそのたびにすべてのデバイスやドライバを停止するのこそ面倒なので、リーダーを買わないとだめかなぁと思っているところです。

よくVAIOは拡張性がないと言われますが、こういうことなんでしょうね。でも、こういう技術はどんどん進みますし、そういう拡張性を最重視する方は、それこそ自作パソコンを選ぶのでは?とも思うので、一概には言えないと思います。

個人的には、ウィンドウズがある意味完成して、USBも2.0が主流。ドライブの処理能力はまだ上がるかもしれませんが、これ以外はユーザーの専門性というか、どういう目的かによって変わるだけのことのような気がします。今からパソコンを買うなら、一年落ちの機種でも十分だと思います。
私のパソコンもUSB2.0ならなぁ・・・と拡張できない事実を知ったあとの今でもちょっぴり悲しいのですが、でも、このパソコンは使いやすくとても気に入っているので、買い替える気はありませんけどね♪
01:37  |  パソコン  |  EDIT  |  ↑Top

2005'01.29 (Sat)

偏頭痛もちからの訴え?!

★今日はちょっと訴えも含めて長めです★

ちょっと間があいてしまった日記・・・というのも・・・。この日まで、頭痛でダウンしておりました・・・。

私は幼稚園のころからも偏頭痛もちなんです。幼児のころから鎮痛剤とはお友達。いろんな飲み合わせも自分で研究(??)してきました。それで、自分なりに「あ、これは眠れば治るな」とか「これはきつめだな」とかだいたい分かるですよ。
本格的に痛くなる前の「頭痛信号」の時に薬を飲むと、大体軽くてすむので、そのときにすぐに飲むようにしています。人によっては「痛くなる前に飲むなんておかしい」とおっしゃる場合もありますが、そうすることによって、快適にすごせるので、そちらを選んでいます。

そういう経験の中で、一年に2、3回、ものすごくきつい頭痛がきます。今回がその頭痛だったみたいで・・・。ほぼ一週間、絶えることなくず~っときつい頭痛でした。風邪などが原因ではないので、寝ても治りません。動くと、脈拍にあわせるどころか、頭を硬いもので殴られる感じで・・・。

痛さの中で、少し緩くなったりきつくなったりの波が感じられだしたのが27日から。昨日は、まぁ頭痛があってうっとうしいですが、普通に行動はできる状態です。今日は昨日の名残で少しだけ頭痛が残っていますが、これくらいならいつものことなので大丈夫です。

しかし、このきついのは困ります。薬が効かない!!

もともと人よりは薬を飲んでいるほうなので、普通の人より薬に対して無頓着というか「仕方ない」という感じなんですが、今回は自分でもちょっとなぁ・・・と思いました。いつも、このレベルの痛さ、持続になるともっときつい薬がほしいと思って「病院?!」と一瞬よぎるのですが、痛い時って行きたくないんですよ。で、痛くなくなったり、市販薬で、というか、自分のいつもの使い方で対処できだすと、こんどはそっちで行く気が失せる。
前は、母が持っていた定番鎮痛剤「ロキソニン」を使っていたんですが、もうないので・・・。

今回は激しい痛みだった最初の3日間は薬飲みっぱなしというくらいで・・・。
何の自慢にもなりませんが、市販されている鎮痛薬はすべて使ったことがあり、成分もほとんど暗記しています。自分にあう、あわないも分かっているつもりです。偏頭痛もちの人ってほとんどこうなるそうですね・・・。

今は、ドラッグストアがたくさんあり、自分で見て、好きな銘柄(薬も銘柄でいいんでしょうか?)買えるのでうれしいです。昔はこういうお店はなかったので、薬を買うなら「薬局」でした。なじみのところだといいのですが、違うところだと、どうしてもその薬剤師さんのお勧めの薬を買わされるという感じで、決まった薬のある私には困りものでした。また、何度もくるのが面倒なのでまとめ買いしたくても、また何種類かの鎮痛剤を買おうとしても、させてもらえませんでしたし。これは、ある意味はいいことなんでしょうけどね。昔、咳止めを大量に飲用してトリップするとかいう問題もありましたし、乱用防止に・・・。

私は幼稚園時代から偏頭痛もちと書きましたが、忘れもしません小学生の時、頭が痛くて痛くて涙がでてくるんです。目をあけていることも辛いし、息苦しいような感じで。動くと頭に響いてくらくらします。でも先生は

「頭痛くらいでそんな大げさな・・・」

と、仮病を使うなよ、いう感じでものすごく馬鹿にされたことを覚えています。

当時は今よりもっと偏頭痛の認識はなく、その上小学生に偏頭痛はないとされていたころでしたから、先生も悪気はなかったのかもしれませんが、普段から誰にも分かってもらえない頭痛に耐えて体育などもがんばっていた。そんなある日、本当に耐えられない頭痛でも登校して、自分の身の置き場のないくらい苦しい状態。それでも我慢して耐えていたのに、クラスの笑いものにするように(当時の私にはそう感じられた)いわれたことは本当に悔しかったです。

偏頭痛は人からは分かりません。熱のように数値として測ることもできません。たとえ診察しても悪いところが何か数値や画像に表れるわけではないので、理論上は「問題なし」となります。また痛みの強さ、感じ方も人それぞれ、比べることはできません。
最近はやっと偏頭痛に対して理解をしようというお医者さんが増えてきたそうですが(あるところには頭痛外来とかあるそうですしHPも見ました)それでもまだまだ「気のせいだ」とか軽く扱われます。

偏頭痛は根治はできないそうです。だいたい高齢になると自然に治るそうですが、それまでは上手につきあうしかないとのこと。
頭痛はだれでも経験されたことがあると思うので分かると思うのですが、とても憂鬱なものです。頭痛さえなければ、楽しめるのに・・・と思うことがたくさんあります。(体が悪いわけではないので)

これは、私の経験から思ったことなんですが、頭痛は周りも憂鬱にさせるということです。本人もそれを気にしています。


偏頭痛は頻繁に表れます。きちんと規則正しく生活をしていたって痛くなります。それに、いつ痛くなるかわかりません。

前にどなたかのHPで「偏頭痛が原因で友達をなくした」という書き込みをみました。旅行などに行っても、頭痛になると周りまでテンションが下がる。そうなると、気を使うので誘いたくないといわれたというのです。すごく分かります。

外出などには薬を何種類も持ち歩いています。パソコンのマウスくらいの大きさのケースを二つ持っています。周りに気を使わせないよう、薬は分からないように飲みます。
風邪をひいたなら、風邪が治る、などきちんと区切り(?)がありますが、時には数日間痛みが続くとなると、だんだん周りは「また?」という感じになるんです。それに「痛い」と言ったところで治るものではありませんしね。家族も「うんざり」になりますから


偏頭痛もちの人は、周りに結構気を使っている人が多いと思うんです。それに、偏頭痛って痛みも辛いですが、周りに

「さぼっている」「我慢がたりない」「甘えている」

などという風に思われることにすごく傷ついています。

普段からずっとそういう風な目にあってきているからです。
もし周りに偏頭痛の人がいたら「分かってあげて」ほしいと思います。「偏頭痛(頭痛)って辛いよね」という共感だけでどれほど救われるか・・・。

偏頭痛もちの女性としてのお願いです☆

21:56  |  片頭痛  |  EDIT  |  ↑Top

2005'01.28 (Fri)

ある掲示板内の対立の書き込みをみて・・・

29日に復活したシフォンの話したいことをさかのぼって書いてます(1/29参照)

私はあまり「2ちゃんねる」の閲覧はしないのですが、先日、検索にヒットしたサイトの先が2ちゃんねるの掲示板でした。
2ちゃんねるに限ったことではないのでしょうが、よく「対立」が起こっていて残念だなぁと思いました。建設的な議論ならいいのですが(「私はこう思う」「いや、こういう考え方もできる」というような)そうではない対立。
よく言われる「荒らし」はもちろんですが、執拗にひとつのことを攻撃したり、会話にならないような荒れた書き込みがあったりして・・・。
もし現実に、面と向かってこういう会話をするのだろうか?と思ってしまったりもしました。

(以下は、あくまでも私の個人的な考えであることを断っておきますね)

ただ、ひとつ気になったことが・・・というか、私が感じたことがあります。それは「平等」の乱用です。
今世の中は、学力低下が著しいということで、ゆとり教育を見直そうと動き出しています。(ころころと方針を変えられたら、学生の方々はたまったものではありませんが。)
私が高校生のころは、先生方からして、いわゆる「今までと違う、扱いにくい」といわれ始めたころの生徒です。そして、私が教育実習したころは、学級崩壊がだんだん進んできたころです。当時の方針は、平等を謳いすぎ、この言葉を違った意味でとらえてしまったと感じています。たとえば校長先生を呼び捨て、親しみをこめているのでしょうがあだ名で呼ぶ。担任の先生もしかり。もちろん、先生と親しくなることはいいことですし、何かのときにそういう場があってもいいと思います。でも、正式の場でもそういうことであれば、それこそ尊敬語が使えなくなるのもわかります。まぁ、目上を敬うというのは、しつけられるということでもないとも思うのですが。なにせ、上下関係は悪だというような感じでした。(少なくとも私の学校は)
ただ、今は、先生の方も、制御が利かないということもあり、単純な問題ではありません。これに関していろいろ言う立場にも、深い知識もありませんのでこの辺にしておきます。

この話をだして私が何が言いたかったかというと、社会に出たら「平等ではない」ということをわかっていない子が多いのではないかということです。

もちろん、差別はいけません。生きる権利は平等です。それは事実です。しかし、差別は絶対にいけませんが、区別はあると思うのです。誰でもお金持ちにはなれません。誰でもが社長にはなれないように、競争に生き残らねばなりません。学校では競争があまりにもタブー視されすぎだと思うのです。(でも、学校の外、たとえば塾とかではものすごい競争です。このギャップもどうかと思うのです。)学校というのは、ある意味社会に出るためのトレーニングの場だと思うのです。
何でも「平等」「公平」という言葉を隠れ蓑にしていると感じます。

書き込みをするときでも、明らかに相手への配慮、つまり敬意が感じられないものが多いのです。そのことをふれたどなたかの意見に

「平等なんだから、別にいいじゃん」

と書いてありました。理由はなく、ただひたすら自分の意見だけを通そうと、同じことを繰り返し書き込むんですね。(書き方は変えますが)もちろん、ネットだからそういう態度なのかもしれません(それも困りますが)しかし、意図的に嫌がらせをする荒らしとともに、こういう「会話にならない自己中」が多いことはものすごく怖いことだなぁと思ったのです。

文字のコミュニケーションというのは、ある意味でものすごく高度なことだと思います。お互い顔を知っているもの同士でも、文字のニュアンスでトラブルが起きると聞きます。面識のない場合ならなおさらです。同じ内容でも、表情や声の抑揚が感じられない分、ぶっきらぼうで、冷たい感じを与えることがあるからです。話し言葉と同じ文章だと、誤解を招いてしまうようなこともあります。

私は拙い文章能力しかありませんが、少なくとも、読んだ方が不快にならないよう、また誤解をされないように気をつけているつもりです。パソコンに限らずメールでも、作ったあと自分で読み返してみてどう感じるか考え、表現を変えることも多いです。もちろん、それでも誤解を招くことがあるかもしれませんが・・・。
それは結局は「相手のことを考える」→相手への敬意だと思うんです。

しかし、考えてみるとよく「最近の子供は・・・」という言われ方をしますが、最近の大人もひどいものです。わいせつ事件は毎日のように報道され、教職者の盗撮を「またか」と感じてしまうほどの多発ぶり。もちろん、このような人ばかりではありませんが、最近はそのギャップがすさまじいですよね。そしていつもこう思うのです。
「なぜこんな風になってしまったのか・・・」
いろんなことが言われていますが、答えはありません。最近の世の中の事件、そして私の身の回りで目にする光景をみると、すごく恐ろしい気分になることがあります。ものすごく荒んで、危険な世の中になっていくのだろうか・・・と。
そんな時、ふと受ける小さな親切に本当に心が温まります。

私の中高では「小さな親切運動」というのがありました。些細なことでもいいから、一日一回いいことをしましょう・・・というような趣旨でした。最近は、小さな親切大きなお世話のような時代になっています。子供がなにか間違ったことをしても、他人が注意すると親が烈火のごとく怒りをぶつけてきます。「放っといて!」と。何かしてもありがためいわくとなることもあります。でも、だからといってみんなが見て見ぬふりをしたら・・・。

子供のころ読んだ漫画でそういうSFがありました。それは他人に干渉しない世界。見ず知らずの人が怪我をしているところを助けた登場人物が

「どうしてみんな助けずに放っておくのか」

と周りに聞くと逆に周りからは

「頭がおかしいのでは?」

と病院を勧められるのです。そして医師から

「他人にかかわらないのは当然のことです。あなたの考えは間違っていますよ」

と諭されます。
これは漫画の世界ですが、ちょっとそれに近い気分にもなりぞっとしました。おせっかいもいけませんが、今はそれくらいでちょうどなのかもしれませんね。

なんだかまとまりないことをだらだら書いてしまいました。話の論点もとてもずれていますし・・・。私こそ言いたいことをただ言いたいだけの子供なのかもしれません・・・。

22:06  |  雑記  |  EDIT  |  ↑Top

2005'01.21 (Fri)

ICカード電話が廃止だそうですね

先日「ICカード電話のカードにどうして期限があるのか?」ということをこの日記に書きましたが、今日のニュースで、あの電話自体が廃止になるそうですね。今日のニュースでそのことを聞き、ちょっと驚きました。
もともとあれは、テレホンカードの偽造が横行したために開発されたそうですが、携帯電話の普及で公衆電話の利用自体が減ったこともあり、利用がほとんどなかったんだそうです。これからは、磁気のタイプに切り替えるそうです。
あのICカード電話が出たとき、すごいなぁと思ったものですが、普及しきることなく姿を消すんですね。ちょうどこの電話について考えた(?)後だったのでびっくりしました。

今日は、古本○場へ行ってきました。ポイントがたくさんたまっていたのと、割引のはがきがきていたからです。ほしいものもありましたし、久しぶりに行ってみようかと。
店内は思った以上に混んでいました。本を一通り見て、ゲームコーナーにも行きましたが、すごいですね~。ゲーム機もいろんなものがありますし・・・。
奥に「スーパーファミコンコーナー」があり、懐かしかったです。私が激しくゲームをしたのは、ファミコン、スーファミですから(笑)
とかいいながら、PS2のゲームの絵の綺麗さには、改めて驚きます。昔、スーファミで3Dのソフトが出たとき、ものすごく感激したことを覚えています。ファミコンの最初なんて、プレイヤーが前を向いたまま、後ろや右左に移動していましたからね~。今の子供たちは、そんなこと知らないんですよね。そう思うと、ちょっとうらやましいかも。

でも、今のゲームは操作が難しくてついていけないものもあります。ボタンがあちこちついてますから・・・。コントローラーの側面にまでついてますし、ジョイスティックみたいなコントローラーも・・・。昔、私がゲームが一番うまかったころ、親が操作できないのをみて「どうして?」と思ったことがありますが、まさにそれでしょうね。今の子は、これが当たり前なので、いとも簡単に操作するんでしょう・・・。あぁ、機械ものに弱くなる?!

話は変わりまして、今日CAI学習(こういう言い方今もするのかな・・・)を漫画喫茶でしていると、しばらくすると私の後ろに、外国の方が二人来られました。もちろん英語で何か話しておられるのですが、さっぱり!!わかりませんでした!!!
彼らの背後で幼稚園児のやるような英語の練習をしている自分の画面を見られたらと思うと恥ずかしくて・・・。あぁ、この会話がわかる日がくるのだろうか・・・。
19:35  |  雑記  |  EDIT  |  ↑Top

2005'01.20 (Thu)

画期的☆ペットの医療過誤訴訟が認められた

ペットの医療過誤訴訟が認められました。これは画期的なことだそうです。このニュースに私は本当にうれしく思いました。

ペットが医療ミスの被害にあっても、飼い主は泣き寝入りするしかありませんでした。それが、今回認められたのです。ペット(動物)は法律上は「物扱い」なので、そもそもこういう医療過誤の訴訟自体認められなかったのだそうです。それが、最近のペットに対する考え方の変化、家族の一員であるという時代の流れをうけ、人間の医療訴訟を審議する機関と同じところが審議し、原告の訴えが認められたのです。
ある飼い主は、同意していない手術をされた、病名の説明もない、基本的な治療を怠った(糖尿病にインスリン注射をしていなかった)手術で亡くなったのに、病名の説明を求めたら「説明できない」と言われた・・・

私自身もそうですが、ペットはペットではなくて、兄弟であり、子供です。それを、何の説明もなく、何の誠意もなく失えば、怒りは家族を、肉親を亡くしたときと同じです。
私も以前いたワンちゃんを医療ミスとは言いませんが、獣医院でひどい扱いをうけ、いまだにその怒りがぬぐえません。思い出しては息がつまりそうになります。
上で訴えられたかたもおっしゃっておられましたが

「命を商売道具としか思っていない獣医がいる」

私もそう感じました。獣医自体が「犬くらい・・・」という思いがあることが透けてみえるのです。モルモットにされる場合もあります。金もうけのために、高い薬や処置をさせ、愛情を感じない。(動物の医療は、保険がないのでものすごくお金がかかります)

私が、前のワンちゃんが病気の時に思ったのは、極端な話、難しい手術であって亡くなってしまってもそれは仕方ないかもしれない。でも、そのワンちゃんに対して、愛情というか、心をもって接してほしいということです。物として扱うのではなくて、飼い主がどれほどその子を愛して、心配して、元気になることを死ぬ思いで願っているかという気持ちをわかってくれ、その上で一生懸命処置しようとしてくれたとこちらが思える対応があれば、悲しさは変わらなくても、少なくとも恨みは残りません。

以前は、人間の医師を目指していたが、それにはなれないので、じゃあ獣医に・・・という人がいるということを聞いたことがあります。もちろん、獣医を志し、心から動物を愛して取り組んでおられる方もたくさんおられるとは思います。でも、その一部の心無い獣医のせいで、獣医院自体の不信感につながっています。

今のままでは、たとえ責任が認められて賠償が行われても、そのミス、医療過誤を行った獣医、あるいは病院に対してはなんの罰則もないそうです。上で訴えられた方は、なにがしかのペナルティが課せられるような制度を作りたいと、申し出をされているそうです。私もぜひそうであってほしいと願っています。

でも、今まで人と同等に扱われなかった動物の命が、やっと同等に判断されたことは本当に大きいことだと思います。この訴訟の弁護をされた弁護士の方も「これからこういう訴訟は増えるのではないか」とおっしゃっていました。
医療過誤でペットを亡くしても、飼い主は「どうしてあの病院に連れて行ってしまったのか」「自分が殺してしまったことになるのではないか?」と自分を責め続ける場合が多いのです。ペットを亡くす上に、このような二重の苦しみにあう人がいなくなるような社会になればいいなぁと心から願います。
19:52  |  雑記  |  EDIT  |  ↑Top

2005'01.19 (Wed)

偽造キャッシュカードの被害が多発

私は「新しいサービスを試すこと」が大好きです。
携帯電話でジュースが買えるとなれば早速試し、イコカ発売には発売日に手に入れ利用、ネットで何かできると聞けば、利用できる範囲なら試す・・・前の職場の先輩もそういうところがあるので、お互いで情報を交換したり、一緒に利用したりしています。

さて、今日利用したのは、少し前に登場した
「改札で新幹線などの切符の買える券売機を使っての定期の購入」
です。以前、大阪の福島駅で定期の継続を機械でやってみたことはありましたが、私のよく利用する圏内にこういうサービスはありませんでした。で、この間、帰りに「定期が買える」という案内をみて、期限の近づいていた私は、使ってみようと思っていました。
早速見てみると、なんと新規でも買えるのだそう。(通学は証明がいるので無理みたいですが)継続だけならまだわかるのですが、新規が買えるのはびっくりしました。別にどうってことないんですが、こういうのを使うたびに「便利になるなぁ」といつも思います。大阪で、ホームにチャージの機械があったのも助かりました。(これは神戸にもあります。ホームの中ではありませんが)

近いうちに、携帯電話で電車が乗れるようになったりするとか。今でも、携帯で料金の支払いができるんですよね。あれは利用したいのですが、900に変えてからそれほど時間がたってないので、今変えるとすごく高額になるので、このサービスのために変える考えはありません。

しかし、こういう技術があがるのはいいことばかりではないというニュースも。最近「偽造キャッシュカード被害」が多発しているそうですね。スキマーという機械で情報を読み取り、騙し取る。キャッシュカード自体を盗まず、情報だけを盗み、それを別のカードに乗せ変えて使う・・・。そんなことができるんですよね。もちろん暗証番号も必要ですが。
情報だけが抜かれていたら、盗られたかどうか、被害者はわかりませんからね。中には、かばんや財布に入ったまま、ある機械をかざすだけで情報が読み取れる機械も存在するのだと、テレビで報じていました。そして、もし被害にあっても今のところ被害者は泣き寝入りせざるを得ない・・・恐ろしいですよね。盗まれたかどうかわからないうちに情報だけ抜き取られ、ある日銀行からお金がなくなっているなんて・・・。

今日のテレビでは、これに対して、銀行に補償を求める署名活動をして、提訴したいという活動が始まったと聞きました。どこまでが自己責任か・・・難しいですよね。
これを聞いたとき、いずれ、改札を通るとき、かばんに入れているだけで通れるようになる・・・という話を数年前に聞いたことを思い出しました。便利ですが、読み取るほうを悪用すれば、磁気カードがほとんどの金融系のカードは大変なことになりそうですよね。

便利になれば、必ずそれを悪用した犯罪がでることは、世の常なのですが、残念ですよね。せっかく私たちの生活をより便利にしようと開発されたものが、より人々を苦しめるなんて・・・。自分を守る方法すらわからなくなる・・・怖いです・・・。

怖い話はさておいて・・・
世の中「おやじギャグ」というものは、冷ややかに見られがちですよね。確かに言うタイミングや内容、またキャラクターによっては「え?」というものがあるのは確かですが、私は意外にこういう駄洒落みたいなものが嫌いではありません。吉本新喜劇でも「ベタ」なギャグがありますが、間が上手なので笑えます。

今日、服を買いにコー○デイズに行きました。レジにの前が下着売り場なんですが、そこに、栗の絵のタグのついた商品がぶらさがっているんです。そのタグには
「冬こそこれであったマロ~ン」
と書いてあります。
「・・・え?なんで栗??」
栗というと「びっクリ!」とかそういうベタなのが多いもので。そしてそのうち
「あぁ!!栗=マロンか!!」
意味がわかると妙にツボにはまってしまいました。バカバカしいんですが、妙にその栗の絵もかわいくて・・・(笑)私の頭も固いわね!!

でも、ここ数年、テレビCMなどを見ていても「おやじギャグ的」なものが多いように思うのですが(笑)
最近気になる(?)のは「ドコモダケ」最初これも一瞬わからなくて「あぁ!」という感じ。

CMといえば、キャラクターものが増えましたよね。私は無類のおまけ好きで、お菓子などについているおまけには目がありません。最初にはまったのは「Qoo」ですね。本当にはまりまして。数年前、全員プレゼントの際は、ディスカウントリカーショップにケースで買って手にいれましたよ。さすがに二度目反対されました。体がオレンジになりそうなくらいQooを飲みました&飲ませましたから(笑)2㍑ペットは辛かったです。
私自身キャラクターものが大好きなのですから、その戦略にはまっているひとりですね。
最近電化製品や車などにもキャラクターがありますもんね~。

おまけといえば、昨日カップめんもおまけにつられてコンビニでたくさん買いました。一つ前のバージョン(?)も買いました。私の周りの人間には
「おまけ好き」
で通ってます。これは母譲り?!(母もおまけ大好きでした)
19:43  |  雑記  |  EDIT  |  ↑Top

2005'01.18 (Tue)

外出先でも「自分のメール」ができる!!

ネット使用環境はどんどん便利になっていきますが、最近感激したことをひとつ。それは
「外出先でメールができる」
ことです。今までも、フリーメールなどが利用できるのは知っていたのですが、ネットカフェなどで、自分のメールを使って連絡をすることはできませんでしたよね。それが、できるということに気づいたのです。このサービスがいつから始まっていたかわかりませんが、きっかけは家のパソコンの不調。ネットにはつなげるのに、どういうわけかメールの送受信ができない。普段は時間をおいたりすればできるようになるのに、エラーばかり。エラー内容に「プロバイダにお問い合わせください」とあったので、プロバイダのHPになにか対処方法が載っていないかと思い、調べたところ・・・。

外出先でもメルアドとパスワードで、家のパソコンと変わりない操作ができるということ!!まぁ私の場合、外出先ではなく、その「家」でこの機能の初体験をすることになったのですが。ちょうどこの日、オークションで買い物をしていたので、どうしてもメールをチェックする必要があったんです。
使ってみると、アウトルックとそっくりな受信フォルダなどがあり、なんのストレスもなく使えました。ただ、本文のコピーがしにくい(標示されている部分しかコピーできない)ということがありましたが(オークションは内容を変えないで返信してくださいということがとても多いので。)

メールが不調だったのはすごくストレスでしたが、変わりにこういう情報が手に入ったことはラッキーでした。早速出先で使っています。二つアドレスがあるのですが、ネットデビュー当時から何年も利用しているなじみのアドレスなので、パスワードも頭に入っているので大丈夫です。
外出先でも自分のメール操作が自宅と同じようにできるのは本当にありがたい。メールもチェックできますしね。

あ、それから私のパソコンのメーラーですが、その後いろいろいじっていたら、なんだかメール受信できるようになりました。私と同じで気まぐれなので、時々不機嫌になるんですよね(笑)


話は変わりまして・・・最近、イラストに凝っています。・・・凝っているといえるのかわかりませんが・・・。以前から私は「本格的に始めるまで2.3回挫折する」と書きました。HP公開もそうです。そして、この「パソコンでイラスト」もついに3回目の挑戦で「形にする」ことができました。数はぜんぜんありませんが、少なくとも完成させたイラストができたことはうれしいことです。ただ、いかんせん作業スピードが「遅い!!」延べ何時間かかってるの?!というくらい。でも、1回目の失敗が2回目には生きて、それなりに機能もわかってきています。とはいえ、膨大な機能、まだまだ理解するには時間がかかりそうです。

それにしても、何をするにも私の興味と能力が違うなぁと思います。もともと理数系の人が向いてそうな趣味ばかり持っている私ですが、イラストも、好きな割にはめちゃくちゃ下手なんですよね。そして、以前もかいた「センス」というものが私に備わっていないため、どうも・・・。まぁセンスはイラストに限らず、生きていくうえで重要なポイントの一つですが。
もともとHPのリニューアルで使おうということで書き始めたのですが・・・。線画としてスキャナしているものはたくさんあるのに、実際塗っているのはごくわずか。なにせ作業が極端に遅いので・・・。

そして、いざHPのリニューアル作業を・・・と思っても「あぁでもないこうでもない・・・」になるんですよね。優柔不断というか(笑)
やりたいことだけがたくさんあって、画力と創作力が伴わないという・・・。もし、イラストを載せていくと、さらに自己満足度がヒートアップしそうですが、そのあたりはお許しいただきたいなぁと考えております(照)
20:18  |  パソコン  |  EDIT  |  ↑Top

2005'01.17 (Mon)

震災10年ですね

今日で阪神淡路大震災から10年たちました。連日震災の番組が放送され、当時の生々しい映像が流れ、あの日のことが思い出されました。自分も被災していますが、今見てもこの復興は驚きですね。大きなビル丸ごと倒れていたりしていたんですよね・・・。また、あの時ほど「自衛隊」を身近に感じたことはありませんでした。ただ、私自身、地震で大変だったのと、それによって地震後の生活がものすごくすさんだものになった思い出があるので、あまり思い出したくはないのですが・・・。

でも、思い返せば人間は強いなぁと思います。ある一定の恐怖以上を味わうと、どこかの神経が麻痺してしまうのかな?という感じです。
当時、電車が途切れ途切れでしか動いておらず、バスで代替輸送でした。私は一時期、明石から西宮の学校まで通っていたのですが、帰り、代替用のバス(鹿児島のバスだったと記憶しています)の後部エンジン(?)から煙が上がりだし、車内が焦げ臭くなり、そのうちブレーキがききにくいのか、止まるとバスが後退するようになりました。そのうち火の手があがりだしました。普通ならパニックになりそうなものですが、みんな笑ってるんです。一番近くにいたおじいさんなんて
「はっはっはっ・・・毎日酷使しすぎて悲鳴あげとるわ」
運転手さんは真っ青で、すぐに平坦なところに止めて私たちを下ろし、私たちは歩いて駅にいくことになりましたが・・・。

今考えると恐ろしいことなのですが(責任問題にもなりそうですよね(笑))ものすごいことを体験した後なので、なんでもこい!というかそういう感じなんですよね。

よく戦争などの極限状態の中では、人の精神状態が穏やかな暮らしをしているときとは全く違うと聞きます。兵士は、だんだん人を殺すということに抵抗感がなくなっていく(・・・もちろん、国のためだと思えるからでしょうが)一般人はそれこそ、遺体が転がっていてもそれを跨いで生活をすることに恐怖も疑問も感じなくなるとか。怖いことですが、そうしなければ、精神が崩壊してしまうので、ある種の防御本能なのかなぁと思えます。

あと、私は寒い中、ミスタードーナッツがただでドーナツを配っていて、それをいただいたことを思い出します。すごくうれしかったです。

細かなことは思い出したくないのですが、命のあったことのありがたさをしみじみ思いました。私は地震で、家がバキバキと不気味な音を立てて裂けていく音と揺れの中で自分が死ぬんだろうなぁと思っていました。大きな揺れが収まったそのあと、自分が生きていることが実感できるまで、少し時間がかかりました。


そして、温かいものが食べられる喜び、お風呂に入れる喜び、電気が来た喜び、電車が通った喜び・・・毎日文句言いながらでも、学校に行き、みんなと一緒にいられるということのありがたさ。(当時高校生だったので)当たり前の平凡な生活がこれほど幸せだったのかと痛感したものです。

何より、電車が通って、日常の景色に電車がまたいつものように入るようになた時は、ものすごくうれしかった記憶があります。

地震自体は天災で、防ぐことはできませんし、予測することも不可能だといわれています。(目安はわかるでしょうが)せめて、数日分の食料と水、これがあるだけでもだいぶ違います。人間おなかがすくと心がすさみます(笑)せめておなかだけでも満たせることができると、考え方も少し変わりますから。

今は全世界規模で地震に限らず、天災が相次いでいます。ある意味、どこで何が起こってもおかしくないような状況。でも、この阪神淡路大震災の経験、教訓を生かした救助活動や、救助、支援活動の道作りがされているということを聞くと、うれしく思います。あの地震から、以前より迅速で効率のよい方法が見つかったなら・・・。

20:17  |  雑記  |  EDIT  |  ↑Top

2005'01.16 (Sun)

私は「ゲーム」が好きです

私は子供のころからゲームが大好きでした。大学に入るころからしばらく、まったくゲームをしなくなったのですが、大学3年のころ、ゲームセンターにはまりました。それまで私はゲームセンターに入ったことがなくて、まるで子供のように遊んでいました。
一時期は本当に通ってましたね。メダルゲームにはまってしまって。メダル落としゲームは、何時間でもやってましたよ。それからいったん離れ、つい一年前くらいまで麻雀ゲームにはまりました。ネットワーク対戦型の。店の中で戦うわけではないので(そういうモードもありますが)気まずくもなく(笑)3段になるまでやってました。

それも飽きてしまい、最近は再び家でのゲームです。子供のころはシューティングが得意で、アクションなどをやっていましたが、最近はもっぱらパズルかスポーツです。やめたいときにすぐやめられて、以外にはまるので。子供のころ、スポーツはともかく、パズルゲームが楽しいという女の子が多かったのですが、まったく気持ちがわかりませんでした。今は逆にそっち派ですね。

お気に入りは定番テトリス、そしてテニスゲームです。テニスゲームはもともとすきなのですが、今一番すきなのはゲームセンターにもあるパワースマッシュというやつです。そして同じく、ゲームセンター通い時代大いにはまった「ミスタードリラー」これは本当にはまりましたね。
ほかには「文字ぴったん」そして定番「麻雀ゲーム」

私は麻雀ゲームは何種類も持っています。どうしてか知りませんが、子供のころからこれだけは好きでした。家族の影響でしょうね。子供のころ、よく祖母と母と友人で「徹マン」してましたから。もちろん牌も雀卓も震災前まではありました。でもこんな麻雀好きの私でも、ぜんぜん強くなりませんね。将棋にしろチェスにしろ、囲碁にしろ、こういうものは先の先の読める・・・理数系の人が強いといいますね。私はバリバリの文系なのでだめかも(笑)一度本当の麻雀を打ってみたいのですが、周りに麻雀を打つ人がいませんし、一人で雀荘に行く勇気はありません(苦笑)最近は女流プロも増え、雀荘で女性が働く姿も珍しくなくなったそうですね。この間深夜の番組でやってました。だれか麻雀やんないかな~。

話を戻して・・・RPGは嫌いではないのですが、先が気になってず~っとやってしまうので怖いんです(笑)ドラクエがすごい売れて、私の周りのほとんどの人がプレイ済みですが、これも・・・。みんな働きながらなので、うまく自分で時間をコントロールしているからすごいと思います。あと、一度やめてしまうと、次にやるとき「次何するんだっけ?」となってしまうのも恐ろしいですね。そうなっているRPGが二つくらいあります。

今、妙にテニスゲームが好きです。大会に勝つと順位が上がっていき、大会の合間に男女のプレイヤーを鍛えていくというもの。12月には混合ダブルスで、育てたプレイヤーを男女同時に使ってプレイするのがかなり楽しみです。別に玉を打ち返すだけのゲームなんですが、妙に楽しくて、寝る前の1時間半くらい、これをやってます。

今は、HPをリニューアルに向けて準備中だというのに、この時間もHPに・・・と思うのですが、ついつい。HPも、イメージばかり先走って、自分のセンスがついていかず、困っています。前回のリニューアルより大幅なものを考えているので。あぁ本当にいつになるやら・・・。
19:52  |  ゲーム  |  EDIT  |  ↑Top

2005'01.15 (Sat)

もうすぐ震災10年ですね・・・

最近パソコンの調子が悪いです。不機嫌になってます。なぜかわからないんですが・・・。私と一緒で気まぐれなので困ったものです。

震災から10年ということで、テレビも震災関連の番組が多いですね。いまや世界中に天変地異が襲っています。世界中で地震が起こっています。
地震だけでなく、洪水や寒波、熱波なども。この間ニュースではアメリカでは雪も積もらないところに寒波が押し寄せて、車の事故が相次いだという情報を流していました。

異常気象と叫ばれて久しいですが、本当に年々その異常さが加速しているように思います。もちろん、地球も星という生き物なので、活動をします。その点では地震も仕方のないことかもしれません。私たちが習った「陸の成り立ち」みたいなものを思い起こしても、たいてい地震や火山の爆発で陸ができたりしています。昔はあって、現代はもう起こらない・・・ということはあるはずがないですから。
でもそれだけではない異変があるようにも思います。温暖化も叫ばれて久しいですが、どこかの国はもうすぐ海に沈むだろうと聞きました。南極の氷がどんどん溶けているというのです。

日本も四季がずれたなぁと思いませんか?
去年は台風も恐ろしい数が上陸しました。高気圧の位置が違うために日本に来る結果に。大気の状態まで変わってしまっているのは怖いことです。
今は防災防災と言われ、整備も進んでいます。それ自体はすごくいいことだと思いますが、もう今となってはどこにどんなことが起こってもおかしくないような気がします。津波だ!と思って高台に住んでも、土砂崩れが起こるかもしれませんしね(苦笑)地球自体の変動時期(単なる変動期ならいいのですが)ですから、あるいみ「運を天にまかせるしかないなぁ」と思っています。備えをすることは大切ですが、それ以外のことは結果が答えをだしてくれるものですから。何をどうしたからいいかなんてもうわからないなぁって思ったりします。

そうはいっても、私の家は震災当時、たくわえによってだいぶ助かりました。なので、食べ物、飲み物のストックだけはしておくべきだと思っています。そして何よりも、そういう天変地異の起こらないことを祈るだけですね・・・。
20:31  |  雑記  |  EDIT  |  ↑Top

2005'01.14 (Fri)

アニメの英語字幕

私は再三「英語を勉強中」だと書きました。自分の勉強方法にも自信のない最近です。(先日書いた「文法」の話も含めて)
今日はあんまりやる気がなかったので、筆記の勉強は一時間ほどでやめました。その後、面白半分に、アニメの英語字幕をみて遊んでみました。これは、勉強しようとか、実力をつけようとかいうつもりではなくて、知っているアニメに英語訳をつけたらどうなってるのかな?という。

結構おもしろかったです。アニメということもあるのか、それほど難しい言い回しは使われていませんでした。そのせいもあるのでしょうが、英語を見て思ったのは「同じなんだ~」ということ。
たとえば
「何やってんだよ」→「What are you doing?」
日本語訳でよくあるのは「あなたは何をしているのですか?」で、乱暴な言葉というか、そういうイメージはありません。日本語だと、男言葉とか女言葉、友達、目上で言い方がぜんぜん違うので、すごく意外でした。すっごくフランクな会話なのに、文法の本に載っているような言い方が出てきて、それが不思議で。
もちろん、映画などを見ると、ぜんぜんわからない言い回しとか出てきますし、こんな単純じゃなくていろんな言い方があるんでしょうが・・・。
単純とはいえ、知らない単語は山ほどありましたので、そのつどとめて、辞書をひいたりしました。「へぇ~」という感じでなんだか楽しかったですよ。

また、日本特有のものの英訳もおもしろかったです。「薬草」が「herb」お守りが「charm」・・・私の個人的なイメージだと、なんとなくご利益がなくなったような(笑)「薬草」のことを「herb」というと、なんだか別物になったような気がします(笑)
文化が違うので仕方ないのですが、日本古来のもの、たとえば神社関係も用語とか、そういうものはそのまま使えないのかなぁと思ったりします。「津波」「tsunami」みたいに。無いものを無理やり近いものに訳すのはちょっと・・・と思います。もちろんわかりやすいように「~に似た」ということで説明するならいいのですが。

そういう意味ではアニメの英訳は難しいでしょうね。アニメの世界って、意外と難しい言葉が使われていたりしますし、日本の歴史や言い伝えを使ったものもたくさんあります。私も子供のころ(最近も読みますが)漫画からたくさんの言葉も覚えましたし、歴史も知りました。漫画の言葉がわからないと、すぐに辞書で調べていました。

それでふと思ったのですが、外国の方にとって日本人の「○○ちゃん」という言い回しはどうしているのかなぁ?と。「○○さん」も、苗字でなくて、下の名前の「○○さん」も難しいですよね。
外国にもいろいろニックネームはあるんでしょうが、後ろにこういうものはつけませんよね。私のイメージだと、名前を呼び捨てか短くしたりする感じです。ということは呼び捨てで訳してるのかな??なんか気になります。
20:18  |  雑記  |  EDIT  |  ↑Top

2005'01.13 (Thu)

公共の場での自己中に愕然

「心のささくれ」について書きましたが、私自身がまったくささくれていないかというと、そうではないと自覚しています。
私は自分で「いらち」だと思います。子供のころから。ささいなことでいらいらしてしまんですよね。わかっているなら止めればいいんですが・・・。でも、それで迷惑をかけることの内容には心がけています。

私がいらいらすることにはいろんなことがありますが、静かな場所での音ですね。たとえば、漫画喫茶で勉強をしている。すると、長々と電話をする大声が聞こえるとき(電車もしかり)、インターネットブースから、ネットゲームをしているであろう人同士の大声での会話、または独り言(?)
また、混んだ場所で・・たとえばものすごく並んでいる改札で、順番がきたらそこからかばんを開けて、財布をごそごそと探し、お金をだし、運賃をみる・・・などという動作をされるとき。先に見といてよ・・・。これはいらいらします。

電話は気になります。前にも何度も書きましたが、しゃべるなとはいいません。でも、もう少し配慮のある話し方をしてほしいんです。周りに人がいて、遠慮しなくては・・・という気持ちがあれば、あそこまでの大きな声は出さないでしょうし、だらだらと話さないはずです。
ところが、この間、漫画喫茶でトイレに入りました。トイレに入ると20才くらいの女性が電話をしていました。それ自体は「あぁ、気を使ってるんだな」と思いました。で、私は用を済ませ、手を洗ってトイレを出ると、トイレのドアの外の壁にもたれて電話をするさっきの女性。それ自体「あれ?」と思ったのですが、会話で
「あ、やっと出てきたわ。トイレ使いよるからうるさくて話されへんかってん」
・・・。
言葉がありませんでした。(・・・もともと黙ってますけど(苦笑))トイレに入って、その目的に利用して何が悪いの?!だいたいトイレは公衆電話ボックスじゃないし!!

また、帰りの電車でのこと。電車は混んでいて、結構ぎゅうぎゅうでした。私は駅に着くたびにホームに降りて、入り口をあけていました。駅を過ぎるにしたがって人が減っていき、私はドアの外にでず、ドア脇の棒のあるところにたっていました。ある駅に着いたとき、私の持っている棒の右側にある席の端に座っていたカップルのうちの女性が降りる用意をしていました。ぎりぎりまでしゃべっています。私が立っているドア脇のところに立って、そこを通るというのが最短距離です。そこに私がいました。すると
「なんやねん、こいつおるから降りられへんやん」
と私を押すんです。後ろから。

なんだか、自分のことしか考えていない人が多くて、腹が立つやら悲しいやら。気を使っている自分がばかばかしくなってきます。私は公共の場所ではできる限り気を使っているつもりです。たとえば電車で扉脇に立つなら、そのかばんが座っている人の邪魔にならないか、もたれたら邪魔になるので、もたれませんし。普通に立つときも、かばんが邪魔にならないか考えます。混んでいて、最後の方に乗るときは「すいません」と一言添えます。混んだ中降りるときもそうです。もちろんこれ自体は、自分がそう思ってやることなので、してもらいたいと思っているわけではありません。でも、あまりに公共の場を無視した人が多すぎて、電車に乗るのがいやになっています。

心のささくれについて書いた後にこんなことを日記にするのもなんですが、私自身の心もちょっとささくれているのかな?と心配になっています。
20:50  |  雑記  |  EDIT  |  ↑Top

2005'01.12 (Wed)

心がささくれていませんか?

私は「揉め事」が嫌いです。もちろん揉め事がすきだなんて人はいないでしょうが(笑)揉め事を目の当たりにすると、なんだか自分が悪いような気がしてくるのです。でも、ほかのお客さんの理不尽な店員さんへのクレームに対しては、自分が悪いという感覚は起こらずかえって「言い返してやりたく」なります。

今日も漫画喫茶で勉強しようと出かけました。カウンターで手続きをしていると、隣で受付されていた男性が店員さんに絡みだしたのです。インターネットかコミックか聞いただけなのに
「何回もインターネットって言ってるやろ!!聞こえんのか!」
禁煙か喫煙、個室を聞くと
「どこでもええわ!さっさとせぇや!!」
料金が違う旨を説明しても
「安いのにするんが常識やろ!!態度悪いねん!お前!!」

もう横で聞いてて私の心の中で「ブチブチ!!!」と怒りが沸き起こります。態度悪いのはお前や!!!!!

いるんですよね。弱いもの、自分が勝てるものにだけ偉そうにする人。何度、何か言ってやろうと思ったかしれません。でも、応対している店員さんが耐えているのに私が要らぬ言葉を投げかけて火に油を注ぐことになれば、それこそ彼女に対して申し訳ないので発言はやめました。

店員というのはお客様にある意味絶対服従ですから、客はいいたい放題。それに相手が女性だと「なめてかかる」人が多いんですよ。私にもこういう経験があるので、本当に腹がたちます。私もこんな感じでお客様に言いがかりをつけられました。そして最終的に私が誤らなければならない・・・本当にくやしいですよね。自分が失礼をしたなら謝れますが、完全にインネンですから。
この店員さんも「すいませんでした」と言っていたのが印象的で・・・。

こういうことを言うと、そうでない方に失礼というか、語弊があるかもしれませんが、こういう態度をする人には圧倒的にサラリーマン風の人が多いと思います。あくまで私の経験上の、私個人の意見ですが。たぶん会社で、営業先などで、頭を下げ続け、ストレスがたまっているんでしょう。いつも理不尽な事に頭を下げ、謝罪をしているのかもしれません。その苛立ちの気持ちはわからなくもありません。でも、弱いものいじめになるこの行動はわかりたくないんです。同じ目にあいながらも、そういうことをしない人はたくさんいるはずですから。

残念な事ですが世の中には「女だから」と横柄に振舞う男性が結構います。上の人が出てきたり、ちょっと怖そうな人が出てくると途端におとなしくなる・・・。この姿は何度見てもあきれます。

もし本当に自分なりの正統な主張、言い分があるなら、誰が出てきても抗議するはずです。それで話し合って納得すれば、もし主張したお客様が間違っていても(勘違いされていても)悪態をつく必要もなく「わかりました」で済むんですから。もちろんお店側に不手際とわかれば謝罪もします。

この不況の世の中、リストラ風が吹き荒れ、心も荒んでいます。いらいらしている人も多いことでしょう。公共の場では、筋違いな揉め事を見かけることが本当に多くなりました。バブル全盛期に青春時代をすごした人がそれなりの年齢になり、つらさも倍増しているとも聞きます。経済的な貧しさもつらいですが「心のささくれ」がもっと深刻なことだなぁとつくづく思います。

20:01  |  雑記  |  EDIT  |  ↑Top

2005'01.11 (Tue)

プリペイドカードにはどうして期限があるのでしょう??

最近・・・というか、ずっと気になっていることがあります。それは
「プリペイドカードの有効期限」
です。

ある期間だけのサービスというのならわかるのですが、いわゆる「お金にかわる」もののはずのプリペイドにどうして有効期限があるのかと。
多分、偽造防止や、期間を設けることで利用を促す・・・ということがあるのかなぁと私は想像しているのですが・・・。

私の身近なところでは、最近増えているセルフタイプのガソリンスタンド。ここまで増える前、私の行動範囲に一軒だけあったんです。「セルフがある」ということがまだ神戸では珍しかったころに。私は当時、その店のある近辺によく行き来していたので、利用していました。ところが、少し間があいてしまい、いくと
「期限切れ」
プリペイドカードでしか利用できないところだったので、買っていたのですが、まさか現金と同じものにこういう期限があると思いませんでした。(いくらか買えばいくらかお得・・・というのもありませんでしたし(笑))

もうひとつは、IC公衆電話用のカード。これも、初めて私が目にしたとき、使って見たくて買いました。(新しモン好き・・・)当時はまだ携帯電話の料金も高かったので、結構公衆電話を使っていました。
今までの電話と違って、カードを「載せる」という感じで
「これで読み取れるの?!」
とものすごく驚きました。カードの継ぎ足しも簡単でしたし。細かい仕組みはテレカもわかりませんが、まぁ磁気であることと、パンチで使ったことがわかる・・・というものが目で見てわかりますが、このICカードはどうなっているのか不思議です。

公衆電話といえば、グレーの公衆電話が出たときも驚きました。電話に画面がついてる!私はこのころ高校生だったので、一番公衆電話を使った時期です。私が子供のころはまだ赤電話や青電話、ピンクのダイヤル式でしたから。そこから緑の電話になり・・・このグレー!初めてのとき、スタートボタンを押すのがわからなくて困ったものです。
これは、リダイヤルもついているし、なにより、ジャックがついていることに驚きました。街中でパソコンをつないでいるビジネスマンを見て「カッコいいなぁ」と思ったものです。

話が反れましたが、これもお金と変わらないと思うのに・・・。もちろん、このIC電話のカードの有効期限はそれなりに長いです。年単位で。でも、最近のように携帯電話がメインになると、公衆電話をかける機会がめっきり減ります。でも、大事な電話をするときや、バッテリーが不安なときは、公衆電話を使います。つい先日使おうとしてその私のICカードの期限が切れていました。いくら残っていたかも覚えていませんが。で、結局テレカを使ったのですが。
緊急用というか、安心のためにもっていたはずのカードが結局役にたたなかった。期限を考えるには、カードの単位が高すぎる気がします。

知らなかった私が悪いのですが、それにしてもプリペイドカードしか選択肢がないなら、ちょっとこの「期限」はきついなぁと思ったのでした。
21:31  |  雑記  |  EDIT  |  ↑Top

2005'01.10 (Mon)

「二駅歩き」続行中

私は去年から「二駅歩き」をしています。

最初は仕事場から二駅歩いていたのですが、最近時間のあるときは逆の、自宅から二駅、あるいは三駅歩いています。意外に自宅の駅から先というのは歩いたことがなく、楽しいものです。車ではものすごく通りなれた道でも、歩いてみるといろいろ発見があります。
私の家の駅までの間のように、本当に毎日歩いているという場合は違うでしょうが、少し離れて、ここへくるのには電車あるいは車を使うだろうというところを歩くんです。同じ景色も、車で走るのとバイクで走るのとで違うように、乗り物から降りて歩くと、違います。楽しい驚きがあります。・・・といってもそんな大それたものではなくて、車で気になっていたことがわかるとか。車を運転していると、どうしてもよく見るのは信号待ちの時。そのほかの時は、見ているようで見ていないものです。(危ないですから(笑))

大きいくくりでみると「自宅近く」の地域について、ぜんぜん知らなかったと思うことがたくさんあります。もともと私はあまり歩いて近所に出るということはありません。せいぜい駅までの間くらいです。後は、交通機関なり、車を使っていました。そして、学校も中学から私学だったので、地元のことはぜんぜん知りません。(学校の周辺のことも知っているとはいいがたいですが)なので、この年になってようやく市内の町名が場所と一緒にイメージできるようになってきたという感じです。
昔友達に
「県立高校のところで待ち合わせ」
といわれ、場所を聞いたらかなり驚かれました。生まれたからずっと同じ街で暮らしてきて、有名ポイントですらぜんぜんわかっていないのですから。

普段車やバイクで当たり前のように眺めて、走っている通りを歩くという小さなことがこれほど楽しいとは思いませんでした。ただ、私は浮気性(?)なので、ついついいろんなところに寄り道してしまうのです。車で入るにはちょっと面倒というか、とっつきにくいところなど、これを機会にと入ってしまいます。それに、車をわざわざ迷惑をかけてとめてまで入らないお店とか。国道など、停車したら迷惑ですから。なので、車田とどうしても駐車場のついたところに入ってしまいます。バイクはまた別ですが、バイクは今度荷物になると困るので、買い物はしませんし(笑)
でも、一番寄ってはいけないのが
「古本屋」
一度入るとなかなか出てきません(笑)年末もそこに3時間ほどいました。それに本を買ってしまい、重い・・・(苦笑)
三宮にいこうと思っていたのですが、やめて帰りました。結局本屋いっただけ?!まぁ、余計に歩けたのでいいのですが。

今年に入り、ある古本屋さんから割引券とポイント期限の通知が届きました。車でよく行くところなので、本を買ったり、CD、ゲームソフトなど買い、今ではポイントがかなりたまっているのでこれは使わなくては!と思っています。で、この古本屋さん、歩ける距離にあるんですよね。二駅半くらいのところにあるので。ここに歩いていこうかと思案中です。

でもたまには車にものってあげないと、機嫌を損ねられると困るので(バッテリー)FTOくんともコミュニケーションしようと思っています。
今日は、車を掃除して、バイクをふいてあげました。寒空のなか、カーステ鳴らしながら。あの車やバイクのにおいって好きです。
21:46  |  雑記  |  EDIT  |  ↑Top

2005'01.09 (Sun)

英文法は大事なはず

私は今英語の勉強中です。週に4.5日、一日約3時間ほど問題集をやります。・・・といっても中学3年レベルですが。最近は高校基礎に手をつけていますが、やっぱり高校になるとぐっと難しくなります。高校時代に「?」となっていった気持ちと同じ気持ちを感じています。

私のやり方は間違っているかもしれません。やみくもに問題集を解いても仕方ないかもしれません。でも今は私はあえてこうしています。歩きながらCDを聞き、中3レベルまでの問題を解く。目的は、会話するのに基礎の文法を身につけるため。受験英語ではなくて、話したいことを英語で作るための基本です。
中学3年の問題集なら、だいたい解けるようになってきました。といっても基礎ですが。
でもたとえ基礎でも今これだけ問題集に取り組めるのは、学校と違って英語という教科ひとつだけだからかもしれません。力的には中高のころと変わらないので、まだ「当時よりわかるようになった」ともいえません。でも、勉強したい、わかりたい気持ちがものすごく強いです。

中高生の時も私は英語が大好きでした。でも、学校のグラマーにはまったくついていけませんでした。やりたくても、問題が間違いの連続でいやになっていました。つまずいた時期はわかっています。「中3」です。私は5文型と関係代名詞でつまずきました。といってもそれは当たり前で、私は英語というものを感覚でやっていました。私自身生意気なことに当時
「英語は勉強するものじゃない」
と思っていました。文字ばかり書くと、しゃべれなくなると。当時から会話をしたかったので。なので、発音の練習は人一倍やりました。でも文法は「通じればいい」と思って、それほど真剣ではありませんでしたし。
「5文型の形がわかったからって何になるの?」

私は、たとえば疑問文で「DoとDoesの違いが何なのか」Doesの後の動詞が単数形になる意味も・・・はっきりいってわかっていませんでした。読んでみてこんな感じ?みたいな。(最悪ですよね・・・)この意味がわかったのは、去年、英語の勉強を一からやり直そうと、Be動詞から始めて、そこで納得しました。

でも、感覚で通用するのは中3の前期くらいまで。そこからはもう目も当てられない。大好きなのに成績が最悪という結果に。しかも私の学校は英語教育に熱心だったので、英語の授業の多いこと。授業自体は苦痛ではありませんでしたが、文法のことはまったくわからず、グラマーの授業は嫌いでした。
高2くらいにもう一度やろうと思い直し、放課後残って先生に質問しまくりました。でもいかんせん遅すぎました。それに、高校の英語はかなり難しく、今更どこから手をつけていいか分からない状態でしたし。

今は、文法に関しては完全な独学です。なぜこうなるのか?と思っても聞くところがありません。そういう意味では高校時代はよかったなぁと。いろんなことを聞くチャンスがありました。今は??
だんだん問題を解いていくとどうしても「なぜ?」ということがあります。そんな問題を誰に聞いていいものかと考えました。そのときふっと
「友達とは英語でメールをしている」
という友達を思い出しました。

私の幼稚園時代の親しかった友人は3人いるのですが(クラス9人だったので)その人たちはみんな頭がいいんです。というか、受験でものすごい苦労をしているんです。私は母は「親がねじり鉢巻で勉強を教えてまで上の学校に行くこともない」という考えの人でした。もちろん、どこの学校へも行けないようならあせったでしょうが、まぁ中くらいのところにはいけるようだったので。もちろん、私も塾へは行っていました。長期休暇の講習も行きましたが、でもよく聞く「隣は敵」のような殺伐としたところではありませんでした。
それに引き換え、特に2人は誰でも知っているような有名塾に通い、トイレやお風呂の間も紙に貼った公式を覚え、食事中も本を片手に勉強。親御さんが教え方を教わりに塾へ行く・・・というような熱心な教育振りでした。そのおかげで、最高峰の学校へ入学しています。

今、2人は大学院生、一人は大学のあと専門で勉強しています。私はよく比べられたもんです(笑)私だけ普通の学校でしたから。
阪神大震災のあと、音楽学部受験のため彼女の家でピアノの練習をさせてもらいにいったことがあったのですが(私の家は全壊だったので)そこでご飯をご馳走になったとき有名塾の模試や問題集が山のように積んであったのが印象的でした。

中学に入ってからは、会うこともなくなっていたのですが、私の母が亡くなったとき、お線香をあげにきてくれたのがきっかけでまた連絡を取り合うようになりました。たまに食事に行ったり。
そのときに聞いたのです。
当時私は英語の勉強をする気はありませんでしたから、夢にも思っていなかったのですが、彼女なら聞けるかも?!と頼んでみました。返事はOK。「善処します」とのことでした。すごくうれしかったです。面倒なことのはずなのに、快く引き受けてくれて。

それにしても、勉強すればするほどわからないのは
「どうして英会話ができないのだろう?」
ということです。現役の人はもちろん、多分、ほとんどの人が私より英語の知識があるはずなんです。私は受験を経験していないので、そういう勉強は一切していません。それどころか、一貫教育だったため、大学受験対策のなかった中高の授業ですらはっきり言って何もわからなかったほど。単語量もありません。構文も熟語も・・・。そこで難しい構文はともかく、やっぱり基本的は文法は必要だと、筆記の勉強を始めたのですから。

もちろん、ぺらぺらしゃべれないのはわかります。私ももちろんその一人ですが、その私が会話をしようとしているときの頭の中は
「文章を作ろうと言葉がぐるぐる回っている。文章を組み立てようと、必死に文法を使おうとしている」状態です。
なんとか日本語を英語にしようとしています。(この思考回路の間は会話はできないそうですが)ということは
「文法の知識のある人は、たとえゆっくり、時間がかかっても、頭の中では文章を考えることができるはずなので、私なんかより話せるのではないか?」
ということです。これはずっと思ってきました。実際にネイティブの方と話せないというのは分かります。でも、たとえば私のいるクラスのレベルであれば、文法がしっかりしている人ならもっと話せるのではないかと思うのです。たいてい現役の人が多く、人によっては英文科の方もおられます。センター試験も経験され、形どおりとはいえ、いろんな熟語、単語、そして構文もマスターされています。それなのになぜ?

もしそうではないとしたら、文法を勉強するということはどういうことなのか?と思うのです。これは決して英文科の方や、センターを受けられた方に対して嫌な意味合いで言っているわけではありません。
もちろん
「文法がしっかりしていたら話せるというなら、日本人はほとんど会話ができる」
ということになります。でもそうではないのが日本ですから、そういうものだ・・・ということかもしれません。でもそれは実際に「使える英語」ということに対してだと思います。
頭の中で文法を踏まえて文章を作ろうとしているというプロセスは誰しもしているはずのに・・・。もっと私の文法が分かっていたら、ゆっくりでもちゃんとした英語が作れるのにと思っている私の考え自体が不安になるんですよ。

なんだかだらだらと書いてしまってましたね。やるしかないと思いながらも方向性を模索中です。
22:24  |  雑記  |  EDIT  |  ↑Top

2005'01.08 (Sat)

真冬のホームはキツイ!

冷たい風に耐えながら駅のホームで電車を待っていると
「冬だなぁ」
と毎年決まったように感じます。通過列車の通ったあとの風も辛いですし。帰り道にホットの飲み物を買って、カイロ代わりにして帰ったり。

今日は久しぶりに電車がかなり遅れていました。最終電車の一本前。
駅に入って、最終電車でもないのに、駅員さんのマイクが入っているときは危ないんですよ(笑)たいていは事故や遅れの案内ですから。今日もまさしくそうでした。
「うわ、もしや・・・」
とみると、電光掲示板には「15分遅れ」の表示。ただ、原因が
「お客様同士のトラブル」
ということでした。お客様同士のトラブル・・・?ケンカか何か??でも来た電車の中で
「車内点検をいたしましたので・・・」
とも案内があったのです。点検??
詳しいことは分かりませんが、20分くらいの遅れでした。
数字で書くと、20分・・・まぁそれくらいの遅れなら・・・と思うのですが、夜遅く、疲れた帰りの電車の遅れ20分、しかも寒い!!という中での送れなのでかなりきつかったです。

そして、今日、この遅れの情報を知るためのとき、またまた
「目が悪くなったなぁ」
と実感。電光掲示板の案内を見ようと思っても、ぼやけて見えにくいんです。ホームにあがって、やはり掲示板をみようと、前なら見えた距離の場所で見ても、文字がはっきり見えない。そこから、一生懸命見ていたら、近くの人が怪訝そうに私を見る視線を感じました。きっと、ものすごい表情で見ていたんでしょう(笑)

この間も、古本屋さんに行ったとき、自分でびっくりしたところです。今までは、近くのものは見えていたので、特に不便は感じていませんでした。ところがその本屋で棚を見上げると、タイトルがぼやけて、見えにくい!これには自分にイライラしましたよ。これって結構ストレスですし、本を探すのにくたびれますね。私は古本屋さんって結構好きで、一度入ると何時間も入り浸ってしまうほうなんです。この間まで、ここまでではなかった・・・。確実に悪くなっている?!
一度悪くなりだすと早いといいますからねぇ。次の免許証大丈夫かなぁ・・・。
03:41  |  雑記  |  EDIT  |  ↑Top

2005'01.06 (Thu)

漫才好きな私・・・

私はお笑い、特に漫才が好きなので、この年末年始(これからも何番組か録画予約してますが(笑))録画に追われました。ずっとこうしてチェックしていると、芸人さんの同じネタを何回も聞くことになり、その都度違うお客さんの雰囲気、漫才師のノリなどがわかってそれも楽しみの一つです。

そんな中、最初はあまり好きになれなかったんですが、最近がんばって欲しいなぁと思っている漫才コンビの中に「カンニング」があります。この「カンニング」中島さんが白血病と聞いてびっくりしました。
年末の番組で、竹山さんが「相方が倒れた」と生出演の番組でおっしゃっていました。カンニングの漫才は、独特なので、相方のいない竹山さんがすごく気の毒でした。持ち時間3分をどうしようか必死な感じがして・・・。

幸い良性で、完治するそうなので安心ですが、これから1年間近く、竹山さん一人での活動は大変だろうなぁとまたまた余計なお世話の心配をしています。

私はたぶん、人からみたらかなりの漫才好きだと思います。でも、まだNGKに行ったことがありません。一度「生」で観てみたいとは思っているのですが・・・。
でも、思えば私はどんなジャンルでも「生」の経験はほとんどありません。映画も、数年前まで映画館で観たことがありませんでしたし。いつかNGKにだけは行ってみたいのですが、ただでさえ苦手な大阪。ついつい行きそびれています。もしこれが神戸だったらとっくに行ってると思うんですが(笑)

つくづく自分は便利なところにいるんだなぁと思います。考えてみれば、同じような場所に3本の電車が通っているところなんて、神戸しかないんですよね。東京の人などは、すごく迷われるみたいです。たいてい、目的地の最寄り駅は一つですから。(歩いていける範囲にある駅となれば、数駅あるでしょうが)
それに、方角もいたって分かりやすい。北と南がはっきりしているので、方向音痴の私でも大丈夫。でも大阪は、どこを走っているんだか検討もつかなくなるんです。

東京に行ったときも思いましたが、大阪も、あの人の流れ(人ごみ)がまず苦手です。神戸の「混んでいる」とまた違うんですよ。
学校が大阪にあった友達などは、それほど抵抗がないみたいです。やはり学生時代に大阪に行くかどうかもポイントでは?と思います。私の母は、大学が大阪だったので、当時遊ぶのは大阪。なので、大阪には結構詳しかったですよ。私は中高大と西宮だったので大阪方面ではありますが、大阪には行きませんでした。それどころか、神戸にも行ったことがなかったんですよね、学生時代。

今はもう神戸にしか行きません。私は神戸が大好きです。雰囲気も土地柄も季候も景色も・・・。できるなら、ずっと阪神間、神戸で暮らしていきたいです。自分の街が好きっていうのはすごく幸せなことだと思います★
02:45  |  雑記  |  EDIT  |  ↑Top

2005'01.04 (Tue)

私の連絡の手段は「手紙」

私は、年賀状を出さなくなって5年ほどになります。
言い訳がましいのですが、前の仕事先の勤務時間は私は遅番。仕事を終えて家に帰ると夜中の1時半くらい。そして休みはほとんどありませんでした。当時大学生だった私は、仕事に学校にとそんな中で年賀状を書く時間もなく、メールで済ますようになり、そのまま現在に至ります。

今は、年賀状を出さなくなってもう5年ですから、一通もこないだろうと思っていました。ところが、送ってくれる人がいるんですね・・・。最初はダイレクトメール代わりに年賀状ばかりだったのですが、2枚、年賀状が来ました。一通は幼稚園時代の友達。一通は高校時代の友達です。もちろん返事は書くつもりですが、やっぱりこういう「便り」というものはうれしいですね。

私はよく友達から
「○○ちゃんって、手紙好きだよね~」
といわれます。私はすこし連絡の間隔があいてしまった友達に連絡を取りたいときは、よく手紙を使います。電話をかけるのが苦手というのもあるのですが、電話は有無を言わせず相手の時間を奪ってしまうからです。よく連絡を取っている友人なら、相手の生活パターンもだいたい分かるので、電話もかけやすいのですが、しばらく間があいていては、状況が分かりません。もしかしたら仕事を変わっているかもしれないし、生活時間が前と違うかもしれません。でも手紙なら、ゆっくりしたときにいつでも読んでもらえますし、こちらも長い話も気兼ねなく書くことができます。そして、相手の都合のいいときにこちらに連絡をしてもらうことができるからです。

幼馴染などは
「電話してくればいいじゃん。忙しかったら忙しいって言うからさ」
と言ってくれるのですが、どうも私は苦手で。もちろん、生活パターンがだいたい分かる相手であっても、相手の都合は聞きます。でもやっぱり間隔があいてしまった場合は、手紙ですね。

最近はメールが主流で、字を書くことがめっきり減っています。ですので、久々に手紙を書くと、私自身も楽しいです。前に、いとこに手紙を出したら
「久しぶりに手紙を書いたけど、いいもんだね。」
と「文通」しています(笑)

それだけ「便り」に頼っているのに、年賀状を出さなくなっている自分。毎年出さなくなると、それが当たり前になっている・・・。もらう喜びを知っているくせに・・・。
寒中見舞いとして、今から書こうかと思案中です。
08:35  |  雑記  |  EDIT  |  ↑Top

2005'01.03 (Mon)

人に頼られるってとてもうれしいことですね

私は前の職場に足掛け4年働いていました。バイトですが。
私のポジションは、私がある意味指揮っていて、社員さんですら私にお伺いを立てるといった感じでした。私が入ったころにおられた女性社員さんのポジションを引き継いだという感じです。
お店をやめてだいぶたちますが、今でもお店で仲良くさせていただいた先輩と後輩とは、連絡をとっています。

年末に後輩からメールがきました。
「年末年始のあいさつを考えていただけませんか?」

私はマイクワークなどもすべて自分で考えてやっていました。マニュアル本は作ってお店においてきましたが、こういうことはシーズンものなので、見本がありません。とはいえお店の状況が分からないのですごく一般的な内容でしか作れませんでしたが。
社員の子が私に頼んでみたらと言ったそうです。(社員のコから「すいませんでした」とメールがきました。)

私は自分のポジションの仕事は誰にも負けないという気持ちでやっていましたが、ほかのポジションはあんまりできませんでした。私のポジションは一人で黙々と・・・という感じでしたので、オープンからいたわりには、ほかのスタッフとご飯を食べにいくとか、遊びにいったということもなく、仕事以外では全く関わらないという感じでした。
なのに、辞めてからもう随分たつ私に協力を頼んできたということがすごくうれしかったんです。

こんなことで喜ぶなんて小さい人間だなぁと思いますが、私は「仕事」ということでいうなら、辞めてからそこの人と関わるということが今までありませんでした。仕事の中では仲良くというか、楽しくお話をする間柄であっても(先輩、後輩問わず)仕事を離れれば全く関わりがない。ましてや辞めてしまえば全く連絡も取り合わない。(というか連絡先を教えていない)それが、初めて変わった職場が前のところでした。

私は、人とはちょっと変わったオーラを持っているらしく、第一印象はとっつきにくいんだそうです。でも、最近思ったのですが、自分の趣味や好みの場所にいくと、自分が「変わり者」にならないということです。
アナウンススクールがいい例です。あそこにいる人は、みんなどこか「違い」ます。なので、私もスッと入っていくことができました。
こう考えると、ますます私は普通のオフィスワークが厳しいなぁと思ったりもします。

仕事に関しては、去年からの計画があるので、それにそって進めたいなぁとは思っているのですが、なかなか難しいですね。私のこのオーラでも入っていける職場というのを見極めるのは(笑)

でも少なくとも今は
「変わっててもいいじゃない」
と思えるようになってきています。人に迷惑をかけたり、不愉快な思いをさせたりするのでなければ。

今年はいろいろな意味で自分にとって大事な年になると思うので、一生懸命「考えて」いきたいと思っています。
08:49  |  雑記  |  EDIT  |  ↑Top

2005'01.02 (Sun)

お正月といえば「箱根駅伝」

毎年お正月に我が家で見ることが恒例だったのが
「箱根駅伝」
なぜか家では、お正月はこれがテレビでついているのが当たり前でした。そして、たいてい家族はテレビを囲んで昼寝をしていました(笑)

今年はその箱根駅伝を一人と一匹(笑)で見ている自分がいます。去年はまだ母が亡くなって時間がそれほど経っていないせいか、ばたばたしていて、それどころではないということもありました。実際去年のお正月、何をしていたのか全く覚えていません。でも今年はある意味落ち着いていました。
一緒にいるいとこは、田舎に用事があるといって出かけています。なので一人・・・。

一人が寂しいということではなくて、一人で箱根駅伝を見ている自分が寂しいと感じ、無性に辛くなりました。母が亡くなってしばらく、よく母と一緒に好きでみていた深夜のテレフォンショッピングの番組を見ると、息がつまりそうになりましたが、それに近い感覚でした。
一人で映画を見ていてもそういう感じになるので、どうしてすごそうかなぁ・・・と思っていました。結局、バラエティをつけておきましたが。

去年のクリスマスなどもそうですが、一人というのは全くこういうイベントと無関係になっていくなぁと思います。一人暮らしをされているかたもそうなのでしょうか?食事も簡単になりますし、イベントも、一人でしても仕方ないのでやりません。私の性格もあるのでしょうが(笑)
また、今年、英会話に行って答えに困るんだろうなぁと今から苦笑いです。

お正月早々、暗い話になってしまいましたが、こうして一人というのは気ままではありますが、後ろからはっぱをかけてくれる人がいないということです。自分で自分を見失わないように、自分の弱さを知って、日々生きていきたいなぁと思いました。
08:22  |  雑記  |  EDIT  |  ↑Top

2005'01.01 (Sat)

★あけましておめでとうございます★

2005年が明けました。今年は、去年「来年は~」と立てた計画が実行できるようにがんばりたいと思います。
仕事、勉強、そしてサイトの充実(・・・自己満足?!)いろいろな意味で自分なりに成長させたいなぁと思っています。

それにしても、どんどんと一年の過ぎるのが早くなっているように思います。子供の頃は、一日がすごく長かったのに、大人になると、なんと時間の経つのが早いことか。

今年も、ネットを通じたいろんな方と情報交換をさせていただきたいなぁと思います。また、それによって、私だけでなく、コミュニケーションさせていただいた相手の方にも何か役立つ情報交換となればさらにうれしいことだと思います。

今年もどうぞよろしくお願いします。
08:14  |  雑記  |  EDIT  |  ↑Top
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